« 加地との再会 (とあるひねくれた東京サポの胸の内) | トップページ | ファンタジーサッカー 第10節 »

2006年4月28日 (金)

慎重な楽観主義 ナビスコ杯FC東京vs横浜FM 4月26日(水)

試合の内容自体に新味はない。 

  • 攻撃の遅さ
  • マークの譲り合い
  • 一対一の弱さ
  • 前半よりはマシな後半
  • それなりに作る見せ場 等々

けど、昨日の試合見ていたら、なんとなく落ちるところまで落ちて底を打ったような気がする。 根拠はないけど。

今シーズンのこれまでの戦いというのは、以前の形を壊してはみたものの、新しい形を作れずにもがき苦しんできた、といったところだと思う。 (そして、今ももがき苦しんでいる、と。)

以前の形と言うのは、(俺の理解では)前線からプレスをかけて、奪ったら素早くサイド前方のスペースへ繋いで、サイドで起点を作って勝負するという戦い方。 この戦法はシンプルかつ中途半端に攻めてくる相手に対して威力抜群。 選手達も何の迷いもなく戦いに没頭することが出来て、見た目にもスカッとする試合が多かった。

けど、この戦い方、選手の疲弊を招きがちだったことに加え、引きこもったチームやプレスをかわす能力を持ったチームが相手だとあまり有効ではなかった。 それに、「プレスからサイドへ」という絶対的なプランと選手個々の機転以外、細かい約束事は持ち合わせていなかった。

そこに現れたガーロ。 「ポゼッション」という名の下、「プレスからサイドへ」と言うくびきから選手達を解放した。 解放と言えば聞こえはいいけど、チームの最大の長所を取り去った挙句、新しい秩序も与えなかった。 つまり、あとはご自由に!とほっぽり出したも同然。

選手達が混乱するのは当然。 いざ自由になったところで、俺たちどう戦えばいいの? 振り付けを失い、どうすればよいのか分からない選手達。 相手にプレスされるとおろおろするばかり。 なす術なく敗れ去ったのが新潟戦と清水戦。

するとガーロはマンマークや3バックという奇策を導入する。 けど、そんな付け焼刃が最終的な回答になるはずもない。 自らを見失って続く試行錯誤。

で、昨日の試合。 マリノスが三ツ沢の時より随分ボール持たせてくれたことはあったにせよ、選手達は少しずつ新しい戦い方を見つけ出しつるあるのではないか。 少なくともアイディアは増えているような気がする。 迷走はまだ続いているけど、混迷が深まる一方ではなく、トンネルの出口に向かっている、と信じさせてくれる何かはある。

例えば今野。 一試合に何回かロングフィードを見せるようになってきたし、ワンツーを返してもらうイメージで味方に縦パスを出すことが増えてきた。 まだ圧倒的に横パスが多く、牛の歩みだけど、新潟戦や清水戦の頃とは少し違う。

以前の形を壊した結果、弛緩しきってグニャグニャになった組織が、別の形に、あるいは特定の型に収まらない弾力性を持った組織に変容していく過程を見ているような感じ。 そこにガーロの手が介在しているのか、それともガーロは解き放っただけで選手達が自らの力で変容しているのかは分からない。 けど、個人差はあれど、選手達は自由を持て余すだけでなく、着実に新しい歩みを始めているような気がする。

無論、その歩みはたどたどしく、すぐにでもついえてしまいかねないものだ。 サポは、フロントは、ガーロは、そして何より選手達自身は、我慢して集中力を切らさず、ゴールまでたどり着くことができるのか?

そんな、物凄く控えめで遠回しで奥歯にモノが挟まったかのような楽観論を抱かせてくれるだけの試合ではあった。

060426ajinomoto

今のような苦しい時期を経験したら、いつかは訪れるであろう初優勝の時の喜びがいっそう大きなものになるんじゃないかな。

|

« 加地との再会 (とあるひねくれた東京サポの胸の内) | トップページ | ファンタジーサッカー 第10節 »

FC東京2006」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/106409/9779781

この記事へのトラックバック一覧です: 慎重な楽観主義 ナビスコ杯FC東京vs横浜FM 4月26日(水):

« 加地との再会 (とあるひねくれた東京サポの胸の内) | トップページ | ファンタジーサッカー 第10節 »