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2010年8月の7件の記事

2010年8月23日 (月)

心をひとつに FC東京vs広島 8月21日(土)

正直、広島も連敗中だけあって、セレッソよりもぎこちなかったし、いつもの怖さはなかったが、決まった型がある分、打開は容易だ。 ハム太なんか、左サイドを何年やっているだろう。 右から流れてきたシュートを左足でアウト気味に蹴ったが、きっと過去に何度も似た場面に遭遇し、成功と失敗を重ねてきたに違いない。 そういう積み重ねが物を言う場面がある。

対する東京を見渡すと、スペシャリストは多いものの、最近は日替わり百通りの組み合わせを余儀なくされ、調子が良い時は、自由度の高い、型にはまらない良さを発揮することもあるものの、今のように辛い状況では、寄って立つ土台がない脆さが露呈してしまう。

新潟戦、名古屋戦あたりは、やれば出来るのにやらないから腹も立った。 新潟戦で返した一点なんか、ちゃんとやればずっと早く決められたはずだったから、正直嬉しさよりも悔しさが先に立った。

セレッソ戦も酷かったけど、相手の良さや、マッチアップでの劣勢など個々の悪さがチーム状況よりも目立っていた。

けど、広島戦は相手がどうこう以前に、自分達が何をやりたいのか、何が出来るのか、ハーフタイムにはサイドで起点を作れという指示が出たようだけど、それをどういう風に実現しようとしていたのか、ピッチで繰り広げられた内容を見ても分からなかった。 ポゼッションであれ、サイド攻撃であれ、相手にとって嫌なところを突くことができず、相手がポジションを整えるのを待ってから攻撃しているようにしか見えない。 試合後の大竹のコメントが、現状をシンプルに言い表していると思う。

開幕前、戦術の鍵となる選手を欠き、試行錯誤を重ね、一部の選手は戻り、また別の選手を欠き、やりくりを重ねてきた果てに、やりたいサッカーさえ見えなくなってしまったところだろう。

もともと、選手の調子、判断やセンスに過敏に反応するサッカーではあるのだが、今は最も辛い状況。 良い方向に転がすことが出来れば、内容・結果共に伴ってくると思うのだが。

また、例えば、ヨングンのフィードは凄いし、大黒やナオの動き出しも良い。 そのあたりを組み合わせて、ポゼッションやサイド以外のオプションも模索しうるのではないか。

いずれにしても、サポとしては、今は心を一つに信じるしかない。

なお、椋原の起用に関して言えば、センターバックも彼の本職であり、たとえ、そうでなかったとしても、相手がワントップであれば、十分あり得る起用だろう。 吉本の例もあるが、椋原は実績を重ねてきたディフェンスのスペシャリストなのだ。 もっとも、2点目のシーンでは、ボールを弾ききれず、寿人に納められ、シュートを許してしまったが。 楽しくない発言も、公に出すことには異論もあるかもしれないが、気持ちそのものは責任感から出たものだろう。

徳永、梶山、平山あたりも調子悪そうだけど、なんとか戻してきて欲しいな。

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2010年8月21日 (土)

真夏の夜の悪夢 セレッソ大阪vsFC東京 8月18日(水)

仕事を一日半休んで行ってきました。 苦い試合でしたが、いろいろリセットする機会になったのかな、と思います。

今シーズンに入る際、新体制発表で、守備には自信を持って良いという認識が示された。 ところが、良いところなく4失点を喫したこの試合。 果たして、その原因は選手起用が適材適所を欠く起用だったのか? そもそも、守備には自信を持って良いという認識は間違っていたのか?

まず、前者に関して言えば、確かにそういう面は否定できない。 例えば、徳永がSH、松下がSBというは、誰がどう見ても逆だろう。 事実、先制点は、徳永のポジショニングが悪く、相手の侵入を許し、松下が一対一で突破されて、クロスを許してしまったもの。 他にも、いくつかの事例が思いつく。 ただ、なぜそのような適材適所を欠く状況になったのかを考える必要がある。 それが後者の問いに対する答えに繋がるからだ。

後者について、回答から言えば、決して間違いではないだろう。 数字も、ナビスコを獲ったこともその証拠。 ただ、良い守備が実現するにはいくつかの前提条件が必要だった。 ところが、その条件を欠くようになったにもかかわらず、同じ考えを引っ張ったことが、適材適所を欠く起用に繋がったのではないか。

足元のあるCBとボランチを揃え、ポゼッションによって試合をコントロールし、攻められる機会や時間自体を減らしてしまう。 このこと自体は正解だし、現在でも通用する考えだろう。 また、そのために 今野をCBにコンバートし、ボランチに梶山と米本を置き、森重や高橋を獲得し、茂庭や佐原を放出した。 個別の是非はともかく(例えば、その結果高さが明らかに足りなくなってしまったことなど)、これらは一貫した考え方に基づく、論理的な人事であることは確かだ。

ところが、怪我で梶山と米本を欠き、羽生と徳永をボランチに据えてシーズンイン。 去年の東京のサッカーはできなくなっていた。 また、相手も対策を施し、最終ラインやボランチにプレスを受けるようになっていた。 だが、その後も根本的なところで去年の認識、つまり、ポゼッションによって試合をコントロールし、攻められる機会や時間自体を減らすという考え方は堅持した。 それが実現できればよかったが、なかなかそうは行かなかった。 そして、選手起用で様々な試行錯誤を繰り返すことに繋がってしまった。

実際にピッチで繰り広げられたのは、去年とは似て非なるサッカー。 去年であれば、横に出して相手をいなし、誘い出して生まれたスペースを突き、テンポよく攻撃できていた。 けど、今は横に順番に渡すだけで相手のプレスの餌食になっている。 つまり、かつての良さが、今はそのまま悪さになっている。 こちらがポゼッションすることが前提だから、相手にボールを保持されたときのこちらのプレスもバラバラだ。

では、どうするか。 やり方を変えるのも一つの方法。 悪さが再び良さになるようにするのも一つの方法。 ただ、どちらも簡単なことではない。

いずれにせよ、一つの壁にぶち当たったのは確かだ。 それを乗り越えられるよう、サポートするしかない。

さあ、広島戦。

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2010年8月18日 (水)

層の厚薄とやりくり 鹿島vsFC東京 8月14日(土)

大阪に向かう新幹線車中から。

鹿島の連携の取れた動きに対し、完全に劣勢だった前半。

  • 引いて受けに来たFWが、確実にボールを収める鹿島。 相手CBとイーブンになるか、受けてもトラップが乱れて収められない東京。 (この試合では、そもそもFWが受けに来る場面も少なかったが。)
  • そのFWがワンタッチで出せる場所に誰かが顔を出す鹿島。 その辺がアバウトな東京。
  • FWが引いて出来た裏のスペースに誰かが飛び出す鹿島。 その辺がアバウトな東京。

ポゼッションを標榜しているはずの東京の動きの質が劣るのは、J開幕以来15年以上トップでやってきた蓄積の差、その中で揉まれてきた個々の選手の経験の差、梶山・米本に最適化された故に簡単に代替できない問題、そもそも即興重視で特定の型に押し込むのを嫌う思想の違い、それゆえに暑さや疲れなどの影響がモロに動きの質に反映されてしまう東京の性など、いろいろあるのだろう。

前半途中、東京がボールを保持し、ゴールに迫る時間帯があったが、それ故に両者のチャンスの質を直接比較できてしまい、差が露になってしまっていた。 それでも鹿島の得点はセットプレーからの1点だけというサッカーの不思議。

後半は、何故か鹿島の運動量が急減し(しかも東京側もそれを予測していたらしい)、東京が押し込む展開に。 鹿島も常態的に高齢化が顕在化しているし、必ずしも層は厚くない。 その辺を騙しながらやっている感じ。

そして今野のゴールで追いつき、1-1の同点で終了。 前半を見ればよく負けなかった、後半を見れば勝ちたかった、そんな試合。

新潟戦にしろ、今野が点を取れるのは、まずシュートの上手さや思いっきりがあると思う。 この点は今野が元来持っていた良さで、前にいた方が発揮できる。 そして、良い場所にいる運動量と運動の質。 豊富な運動量も今野の元来の良さだけど、運きの質については、東京に来たばかりの頃はボールに釣られる傾向があった。 (だから、宮沢よりも浅利がベストパートナーだった時代があった。)

けど、今は、まず味方にボールを預け、フリーになって動きなおし、いきなり相手のマークの激しいゴール前に飛び込むのではなく、時間差を置いて顔を出す。 だからこぼれたセカンドボールを拾えるし、フリーでシュートを打てる。 縦に重層的な攻撃になる。 厚い攻撃は運動量だけが生むのではない、タメや「間」はボール保持者だけが作るものじゃない、というのが良く分かる。

今野がこういうことが出来るようになったのは、もしかしたらCBでピッチ全体を広く見る経験が役に立ってるんじゃないかな、と思う。

けど、そのことと、現時点においてどこのポジションが良いかは別の問題。 個人的には、正解はひとつではなく、監督の考えを尊重したいけど、一般論として言えるのは、出場選手やポジションが試合ごとに入れ替われば、呼吸は合いにくい。 そういうのも即興で合わせられれば理想だが、なかなか難しい。

ポゼッションが機能しないのであれば、その前提で考え、たとえ前方パスが苦手でも、ゴール前で仕事する機会をより多く持てるよう、今野をボランチに置くのも手かもしれない。

また、徳永がパスを出せる方向は視界の前方180度限定という感じなので、やはり真ん中より、横180度を無視できるサイドが良いだろう。 (まぁ、誰もがそう思うだろうけど。) そういう意味で今日の試合は楽しみだ。

長友、阿部巧が抜けたサイドも、松下、北斗、椋原が計算でき、他クラブと比べても層は決して薄くない。 特に名古屋戦の北斗は、正直あそこまで良い選手だとは思わなかった。 鹿島戦も、対面が穴だったとは言え、あそこまで運動量があるとは思わなかった。

また、ヨングンのフィード能力は素晴らしい。 大黒の動き出しと合わせるパターンを試す価値は物凄くあると思う。

ここ数試合、勝っても負けてもおかしくない試合が続いている。 上位争いは厳しいとしても、強さが正当に勝ち点に反映されていないという実感もある。 他方、セレッソも好調。

真夏のチャレンジが始まる!

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2010年8月17日 (火)

赤嶺の移籍に感じること

鹿島戦の前に、遅くなりましたが赤嶺の仙台への移籍について。

今年に入って、必ずしも調子は悪そうではなかったが、得点というFWとして絶対的な尺度で結果を出せなかった。

チーム成績も低迷する中、打開策として大黒の加入もあり、玉突きで押し出されたような格好。 代わりに前俊が入るが、すぐ赤嶺の代わりを果たすよう期待されてというより、ポテンシャルへの期待と、文字通りチーム内への刺激としての面もあると思う。

J全体を見渡せば、似た事例はいっぱいあるだろう。 けど、この移籍で、一選手の移籍を超え、大げさに言えばチームとしての立ち位置について、何かが投げかけられた気がする。

FC東京のJ1昇格以来の右肩上がり幻想は、ひとまず2005-2006年頃に途絶えたけど、城福監督の就任後、ムービング・フットボールの元で再び上昇気流に乗ったとの認識がサポや一部メディアの間で共有されていたと思う。

実際、2008、2009年と上位進出、ACLまであと一歩の位置にたどり着き、2年目の昨年はタイトルも獲得した。 そして、ポストW杯を見据え、上位と互角に渡り合い、真の優勝争いに割って入ることを目指してシーズンイン。 ところが、米本や梶山の怪我により、戦い方の根本的な見直しを余儀なくされ、その調整に手間取る間に成績は低迷。 特に、戦いを進める中で、梶山と米本が代えの効きづらい選手であることが改めて明らかになり、それにどう対応するのか、選手のやりくりで凌ぐのか、または戦術オプションを増やすのか、大きな課題が突きつけられている。

と、やや大げさに書いたが、一年くらいの調整局面は十分考えられる。 長らく中位力と呼ばれた後、ピクシーを監督に据えて、今度こそ本当の変身を図ったと思われる名古屋も、2年目の去年は足踏みし、今年再び上昇気流に乗った。 城福東京だって、多少歩みが停滞することくらい、十分あり得ること。 仮に今年低迷したとしても、降格でもない限り、城福体制は続くだろうと思う(と、アピール)。

で、ここからやっと本題だけど、赤嶺の移籍には、一年単位のチーム成績とは別のところの、チームの大きな流れの変化を象徴するような気がする。

J1昇格後の東京の選手構成は、アマラオ、藤山、浅利というレジェンドは別格として、昇格クラブの常として、他からの移籍組が中心だった。 サンドロ、由紀彦、内藤、土肥、伊藤、文丈、喜名、下平、福田、加地、茂庭、金沢、石川、今野、平山、福西、佐原、羽生など、挙げれば多士済々の名が連なる。

他方、バルセロナを例に持ち出すまでもなく、安定的な人材供給源としての下部組織の充実は強豪への道のひとつ。 憂太、チャン、尾亦、梶山、忠成、権田、吉本、森村、(大学経由だが)阿部伸、大竹、椋原など、着実に実績を積み上げつつある。

とは言え、すべての人材を内部昇格で賄うことはできないし、移籍組だけで予算内で狙い通りの補強ができるとは限らない。 限られた資源で着実に選手層を厚くするには、新卒生え抜き組の存在は不可欠。 小峯、マサミツ、戸田、宮沢、阿部、大谷、規郎、栗澤など、実績では移籍組に譲ったかもしれないが、印象深い活躍を見せた。

そして、J1に定着するにつれて、チームの屋台骨を支えることを期待されて、より実績のある選手を獲得できるようになった。 (戸田も得点王だったけど。) 塩田、増嶋、赤嶺、徳永、池上、(伊野波、)長友、高橋など。

強豪と呼ばれるチームは、選手構成のバランスが取れていて、主要ポジションにはチームの顔となりうる生え抜きの選手がいる。 赤嶺には、生粋のFWとして、特別な存在になると期待していたのだが。。。 その道筋が折れたことに、若干の挫折を感じないわけではない。

赤嶺に関して、チームとして、多少のスランプは大目に見る段階を過ぎたということだろう。 これまでも様々な移籍はあったが、赤嶺ほどの実績と能力のある選手でも、シーズン中レンタルに出されてしまうところに、時の流れと、FC東京の新たな段階への移行を感じた。

もっとも、FWは元来浮き沈みの激しいポジションで、良いときと悪い時の差が大きい。 今が赤嶺にとって、いろんな意味で底だとすれば、当然また良くなるし、チームとしても最終的に見切った訳でなく、再び呼び寄せる余地があると思いたいのだが。。。

赤嶺の成功を、東京で成功する姿を見たい。

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2010年8月11日 (水)

それでもこの試合に価値を見出すのなら FC東京vs名古屋 8月8日(日)

結果は出てないものの、内容は悪くはないと思う、などと言う段階はとうに過ぎているはず

「良いサッカーとか悪いサッカー」とは異なる次元で、「試合運びの巧拙」が課題として浮かび上がっている。

新潟戦後に書いたことが、そのとおり再現してしまった名古屋戦。

チャンスは作った。 シュートも打った。 試合を支配した。 ファイヤーワークスナイトで、お客さんも結構入った。 (自分も後輩を一人呼んだ。)

なのに・・・。 勝ち点3どころか、1すら最後に手からこぼれ落ちる。 悔しくて、残念で、痛恨極まりない。

それでも、この試合から何か価値を見出せないものか。 そんなことを考えていたら、一冊の本と、一本の新聞記事のことを思い出した。

サッカーという名の神様」という新書。 世界各地でサッカーに魅入られた人たちの等身大の姿と、ちょっと心温まるエピソードを綴った良書だ。

その中で、とある大宮サポの話が出てくる。 大宮生まれのその人は、Jリーグが始まると、埼玉のサッカーファンのご多分に漏れずレッズを応援したらしい。 その後、Jに参入した大宮アルディージャも、地元ということで応援しだすが、レッズとはディビジョンが異なることもあり、二つのクラブを応援することは両立していた。

けど、レッズがJ2に降格。 応援するクラブどうしが競り合う状況が生まれる。 そんな時、彼が自らを大宮サポであると自覚した試合こそ、アルディージャがレッズにコテンパンに負けた試合だと言う。

J2ファジアーノ岡山の社長・木村正明氏を取り上げた2年前の日経の記事。 (以前紹介しました。) Jリーグ昇格に向けた過酷なJFLでの戦いの中で、一番社長の印象に残った試合は、ホームでの鳥取との中国ダービー。 最後の最後での失点で敗れた試合。 次のように言っている。

チームを支援する人々が負けた悔しさを共有することで、同じ船に乗った感覚になる。勝ったときとはまた別の高揚を覚える。あの鳥取戦に来ていたお客さんは サッカーにはまったのではないでしょうか。すんなりいくより、ときに浮き沈みを経験していった方が、百年続くクラブが築けるような気がします。

名古屋戦は、毎試合観る東京サポにとっては、勿体無い勝ち点を失ったたくさんの試合のうちの一試合に過ぎなかったかもしれない。 またかよ、いい加減にしようぜ、という気持ちで覆われるかもしれない。 自分もそうだ。

けど、もしかしたら、劇的な展開を目の当たりにし、不条理な結果と格闘しながら帰途に着いた人もいたのではないか。 それまで第三者的な視点で見ていたのが、悔しさを自分のものとして感じた人もいたのではないか。 頑張った選手達に共感し、このチームを応援したいという気持ちを新たに抱いた人もいたのではないか。

悔しさや嬉しさや共感を覚えること。 心震わす場面に身を置くこと。 日常では味わえない体験が人生に彩りを加える。 そういう体験を重ねることで、いつしか人は虜になっている。

選手は頑張った。 内容も悪くなかった。 結果こそ伴わなかったとは言え、名古屋戦は、東京に人を惹き付ける可能性を備えた試合だったと思う。

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2010年8月 8日 (日)

試合運びと勝負強さ 新潟vsFC東京 7月31日(土)

泊りがけの遠征はほぼ一年ぶりでした。 お造り、寿司、タレかつ、ヘギそば、茶豆・・・。 佐渡での金山探索、砂金採りなど・・・ 存分に楽しみました!美味しい料理については、こちらをご覧ください(笑)。

結果は出てないものの、内容は悪くはないと思う、などと言う段階はとうに過ぎているはずで、残留争いではなく、ポストW杯の主役にならなければならなかった。この落差は大きいけど、嘆いても仕方ない。

梶山、今野の両ボランチで攻め立てた後半は果たして光明か。城福監督が磐田戦後に語った今野評には全く同意で、去年のセンターバックへのコンバート直前は特に顕著だったけど、他方、今野には自ら運んだり、後ろからフリーで飛び込んでいく感覚、さらにはシュートの感覚には優れているので、うまく活かしたい。

そんな後半、攻めに夢中になり、やられるとすればカウンターだろうな、と誰もが思っていたと思うが、案の定やられる。このあたりは監督ではなく、選手の課題だろう。

監督も、前半は達也でエリアを広げ、リスクを回避しつつ相手を走らせ、後半、梶山で細かい展開に持ち込もうという意図が感じられたが、結果的に意図?どおりには行かず、細かく繋ぐサッカーになり、相手のプレスをモロに受けてしまい、それが失点の遠因になってしまった。(試合後の梶山と権田の件にも。)

高橋が弱いバックパスをかっさわれてゴール返上されたこと自体は、平松八田も(吉本もあったか?)通過してきた儀礼的な出来事で、仕方ない。スピード、プレスに慣れていき、次のチャンスにリベンジするだけ。

中断前から、「良いサッカーとか悪いサッカー」とは異なる次元で、「試合運びの巧拙」が課題として浮かび上がっている。試合は90分間の結果。特定の時間でどれだけ試合を優位に進めても、90分を通じた結果で上回らなければならない。

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2010年8月 7日 (土)

真夏の夜のプレゼント スルガ銀行チャンピオンシップ FC東京vsリガ・デ・キト 8月4日(水)

真夏の夜の国立。 薄暮に浮かぶ高層ビルの下で繰り広げられるカップ王者どうしの勝負。

目の前のプレーを楽しみ、一喜一憂する。 勝ち点や順位を忘れ、サッカーだけに集中する。

そんなひと時を彩る花火、ビール、そして世界でもここにしかない景色。

試合が展開するにつれて、タイトルへの渇望が高まり、劇的な同点弾と緊張に満ちたPK戦が心を揺らす。 そして、歓喜の爆発と嬉しい余韻。

スルガ銀行チャンピオンシップは、すっきりしないリーグ戦を補って余りある、楽しさに溢れる、一服の清涼剤のような試合だった。

2年前にリガ・デ・キトの試合を観て、そのレベルの高さは無論のこと、サッカーの異質さが印象に残った。 今回、リガ・デ・キトがどこまで万全で本気だったかは、その言葉とは裏腹に、プレスの緩さなどを見るにつけ、ちょっと疑問があったけど、それでもレベルの高さは見せた。 そういうサッカーにぶつかっていける経験は、チーム、選手、そしてサポにとっても、とても貴重なことだと思う。

また、東京側でも、普段見る機会が限られている選手を見る楽しみもあった。

強さを増した草民。 ススッと寄せる動きのスムーズさに驚いた。 ミスはあったけど、穴のない方向に着実に成長している。

平山がだいぶ調子を戻しているのにも驚いた。 まぁ、波が激しいのだが、調子を上げていかないことには。

日程的には苦しいけど、価値のある試合だった。 リーグ戦でもタイトルに恥じぬ戦績を上げたい。 名古屋に勝つぞ!

日曜は〔´・∀・`〕< 味スタに あ づ ま れ ぇ ~ !

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