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2011年5月の4件の記事

2011年5月15日 (日)

東京の不幸なミスマッチ 草津vsFC東京 5月14日(土)

去年の降格の原因を、チームは「自立」の欠如と見立てた。 ちょっとピンチになると途端に冷静さを失う選手達、降格した後も倒れたまま起き上がれない選手達を見て、自分もそのとおりだと思った。

だから、今年、「自立」に向けて立ち上がる選手達を支持したいと思った。 サッカー的にも、上から指示された形どおりにプレーするのではなく、個々の局面で選手たちが自ら最適なプレーを選択し、打開していくという城福さんから大熊さんに引き継がれたサッカーを支持したいと思った。

今野も、自分に足りないものを見つけるため、敢えてJ2で戦うことに決めたと聞き、その心意気を応援したいと思った。

けど、今のところ、見事なまでに裏切られている。

小平では、相変わらず選手の声が小さく、フィールドプレーヤーが指示することも、要求することも少ない。 怒りを表すのもせいぜい塩田くらい。 試合では、規律を感じさせないプレー、セオリーや選手の特性を無視した展開が繰り広げられ、10人になってからや、終盤になってから、やっとチャレンジしたり、リスクを負ったプレーをする。 そして、昨日の試合の終盤、CKの時にGK権田が前線に上がる姿を見るに到って、それまでも薄々と感じていたことことが、確信に変わった。

このままじゃ「自立」なんてとても無理。 このままじゃとても戦えない。 戦うのが選手である以上、選手が変わらなきゃ・選手を変えなきゃいけないけど、30人がまとめて変わる・30人をまとめて変えることなんて不可能。 となると・・・。

さて、昨日の試合。 降格クラブがJ2のやり方に四苦八苦するというより、普通に力負けだった。

これまでの対戦チームが、早めから引いてスペースを消してくるのに対し、草津は外国人ツートップを筆頭にプレスを仕掛けてくる。 リアクションが積極的なだけでなく、ボールを持った後のアクションも、ラフィーニャをどう生かすのか、明確な意図が伝わってきた。 ゴール裏芝生席の傾斜が緩く、逆で何が起きているのか、いまいち分からなかったけど、相手が真っ向から向かってくる試合展開が新鮮で、前半の45分は短く感じられるほど面白かった。

東京にしても、序盤からチャンスは作れていた。 谷澤が消え気味、達也が焦り気味で、徐々に流れを失ったけど、上里の低く早いクロスなど、これまで東京ではお目にかかれないプレーもあったり、個々のパーツではそれなりに楽しめた。

けど、チームは徐々に規律を失い、時間の経過と共に状況は悪化する。

セザーは、何戦か前の相手と競っただけで倒れてしまう状態よりはマシだった。 けど、低い位置から相手に囲まれながらドリブルさせるしか使い方がないのか。 そんな訳ないだろう。

ラフィーニャは、1点目はDF1人との駆けっこを制して、2点目は十分予測できるパスを受け、フリーでシュートを打てたけど、セザーは(セザーだけじゃないが)だいたいQBK状態。 チーム自体が行き当たりばったりだし、例えば、梶山なんかも相手だけでなく味方も騙すパス(※)が多い。 シュート本数が多い試合でも精度が落ちるのは当然。

(※)絶対出せないはずなのに何故か出せてしまい、味方が準備できていない。 高度だけど結果に繋がりにくいパス。

もっと言えば、仮に今の状態のラフィーニャとセザーを入れ替えても、両チームの内容は大して変わらないだろう。 例えば、「放り込みサッカー」だって、誰が競って、どこに落として、それを誰が拾うのか、ちゃんと意思疎通ができていないと機能しないのと同じように、FWを生かすのだって、いかに仕事しやすい状況を作るのか、そのためにどう動いて欲しいのか、チームとして意思統一がなければうまくいかない。 外国人なら尚更だ。

そして、この場合の意思統一とは、必ずしもあらかじめ約束事を作ることとは同じではない。 例えば、マンチェスター・ユナイテッドのサッカーを見ていて意思統一を感じるけど、それは事前に「こういうパターンでやりましょう」と、アンデルソンやギグスが打ち合わせた結果というより、それまでの様々な蓄積や経験、味方や相手の癖などを踏まえ、プレーしながら瞬時に生まれるものだろう。 そして齟齬があれば、要求し、修正する。

東京の場合も、城福さんの頃から、特定の形や事前の約束事を求めなかった。 コンセプトを示したり、意識を植え付けるようなキーワードはあった。 また、うまくいかないときに、カボレを左サイドに張り出させるなどの療治を施すことはあった。 けど、特定の約束事を置くことはなかった。

今年も各種小平レポートを読む限り、基本的に同じ。 違うのはそのための方法。 城福さんは多色ビブスなどの基礎トレーニングにより、選手達の発想・アイディアを引き出そうとしたのに対し、大熊さんは、特定のシチュエーションを想定した練習により、選手達に場慣れさせようとした。

けど、冒頭に書いたとおり、それは功を奏していない。 選手達はやっと試合中話し合うようになっているものの、まだプレーが変化する兆しはない。 そもそも、根本的なミスマッチがあるのではないか。

大熊さんの本質は「部活サッカー」。 ポゼッション志向のチームを率いて結果を出す実績はない。 他方、チームには城福さんの時代からのポゼッション志向の選手達がいる(実際に向いているかどうかはともかく)。 端的な例を示せば、城福的には 「森重>茂庭」かもしれないが、大熊さん的には「茂庭>森重」だろう。 そんなチームを引き継いで、大熊さんとしても居心地が悪いだろうし、向いてないだろう。

去年、西京極で降格が決まった翌日、こんなことを書いている。 (J2なんてららーらーららららーらー 京都vsFC東京 12月4日(土): fct fan

で、来年の東京はどうなるのか。 城福流ムービング・フットボール? それ以外のやり方? やりたいサッカーの画を描いたうえで、それに合った選手を揃えることができるのか? または、チームに残る選手達に合ったサッカーがどういうものかを描き、指導できる指揮官を据えることができるのか?

サッカーの方向性すら描けていないのだとすれば、来年の東京は、ペトロビッチ広島、ネルシーニョ柏と比べても低い位置からのスタートとなる。 セ レッソのクルピはJ2・1年目途中で就任したが、そこから順調に強化が進んでも、昇格は翌年だった。 東京もチーム作りのスタートで躓けば、1年での復帰は難しい、というのが現実的な見方だと思う。

懸念したとおり、監督、選手達のミスマッチが生じ、チームが目指すサッカーがぼやけてしまっている。 その原因は諸々あろうだろう。 自分も思い当たるところがあるので、またいずれ書きたい。

今の選手達やチーム状況からすれば、選手達に具体的な指示を出し、上から押さえつけるタイプの指導者が必要なのではないか。 オフトやトルシエのようなタイプの。 ただし、あくまで繋ぎとしてだけだが。

例えるならば、オシム(城福)のやり方を引き継ぎ、自分のカラーをうまく出せず苦労する岡田(大熊)。 東京に長谷部はいるのか? いなければ、どうするのか?

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2011年5月10日 (火)

このサッカーと付き合っていく覚悟 FC東京vs富山 5月8日(日)

開幕前に参加した某オフ会でとある記者の方が、去年途中に就任した安間監督の元で初の開幕を迎える富山は面白いと言っていた。 去年終盤、スカパーのJAGSで解説の野々村芳和も、安間サッカーは面白いと盛んに言っていた。

個人的にも、大木時代の甲府のサッカーが大好きだったし、安間時代の甲府のサッカーには大木サッカーをさらに研ぎ澄ました清清しさがあった。

そんな安間監督率いる富山。 3-3-3-1で狭いエリアを構成し、パスを繋いで展開するサッカー。 対戦相手としては、サイドから攻略するのが正統な考え方。

だから、東京のSBも果敢に上がっていたけど、いかんせん性急すぎた。 前半20分頃、自分はこうつぶやいている。

ボラがボール持つとき、上がったSBは、パス出て来なくて気の毒だけど、いったんパスコースに戻って欲しい。

序盤、梶山が右サイドに振ったパスの受け手がいない場面があった。 周りを確認しなかった梶山も悪いけど、本来はあそこには健太がいるべきなのだろう。 けど、実際にはかなり前にいてパスコースは塞がれていた。 むしろ今野の方が近かったけど、CBがむやみにサイドに 張り出す訳にはいかない。 結局、梶山は自分で取りに行った。

SBとしては、2列目の選手が内側に絞っていたりして、サイドに広大なスペースがあるような場合は、少しでも早く上がって、フィードを引き出すのが効果的な場合があるけど、そうでないなら、むしろ後ろで確実にパスコースを作るのがセオリー。 そして、早く上がっても、パスが引き出せなかったり、相手に付かれてしまったなら、もう一度パスコースに戻るべき。 さもないと、両ボランチや梶山がボールを収めても展開は制限される。 (その点、長友の運動量はやっぱり凄かった。)

中盤は、ただでさえ徳永は狭いエリアのプレーは苦手だし、達也も北斗も人に使われていきる選手だし、上里は非常に低い位置取りで、大きな展開やロング・シュートはうまいけど、狭いエリアでの細かいプレーは得意ではなさそう。 やはり連動を欠き、センターバックに戻すか、無理やりFWに預けるか、はたまたドリブルでパスコースを探す場面が多かった。

森重が上がっていくと相手ディフェンスにギャップを生むことができるが、その分こちらもリスクを負う。 徳永のカバー意識が高いとは言え、あくまで例外的なオプションと考えるべきだろう。 中盤以前とサイドだけである程度攻撃を完結させたい。

ところで、人数をかければ攻撃に厚みが出るというのは真実だが、人数をかけなければ厚みは出ないというのは真実ではない。 効果的なワンツーを繰り返せば二人でも攻撃は成立するし、最小人数で十分相手を押し込んだり、引き付けてから、後から3人目以降がフリーの状態で絡んだ方が危険な仕事ができる場合が多い。 ついでに、カウンターを食らうリスクも制限できるし。

東京の攻撃で、クロスに対し、中に十分な人数が揃っているのに、ボールが選手達の背中を通り過ぎるような場面をよく見るけど、あのあたりは、我も我もと前線に殺到してしまい、セカンドボールや先の展開への意識が足りていない。

その点、羽生は、スペースを作り出す動きやフリーになる意識など、自分も味方もプレーしやすい状況を作っている。 リスクのかけどころ、失敗してもダメージが少ない場面をよく分かっている。

そして、久しぶりのゴール。 あの場面、勝負をかける意識が鋭い動きを生み出し、ゴールに繋がった。 もちろん、谷澤もよく見て、良いボールを繋いだ。

もうひとつ、直前のスローインを梶山が入れたこと。 博実の頃も、城福さんの頃も、大熊監督になってからも、スローインは99%SBが入れていた。 普段から慣れているSBが入れるのは悪いことではないけど、リスタートを急ぎたいときなどは拘る必要はない。 この場面も、もし梶山が巧にスローインを譲っていたら、タイミングが遅れ、羽生のフリーランに合わず、恐らくあのゴールは生まれなかっただろう。 今後も臨機応変にやって欲しい。

羽生に関しては、高い意識とやるべき仕事をやるプロということを改めて知らしめた。 ただ、それは東京に来てからずっと、いや千葉時代がみんな分かっていること。 彼の実力からすれば、あれくらいやってくれると期待して当然。 むしろ東京ダービーでの不調の方が不可解なのかもしれない。 (個人的に、救世主現る!的な取り上げ方にはかなりの当惑感、今更感がある。)

最後に、もう一人のプロなのは高松。 収めて潰れて身体を張った。 移籍後、初めて90分間できたのも朗報。 富山でいえば、苔口と黒部の二人分の仕事をしたと言えるかもしれない。 平山が離脱する中、高松がいなかったと思うとゾッとする。

事態が大幅に改善したとは言えず、今後も苦戦は続くと思われるものの、それ自体、もしかしたら昇格に向け大した問題ではないのかもしれない、とも思わせたGW最終日だった。 この日の羽生のようなチャレンジさえできれば、だが。

(余談)富山と雪と柳沢 YKK APvsロッソ熊本、アローズ北陸vsジェフ・クラブ

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2011年5月 6日 (金)

10人の戦いをきっかけに! 東京VvsFC東京 青赤の日

J2とは言え、東京ダービーと言うことで、思いのほか埋まり、盛り上がりを見せるスタンド。 けど、かつてのように無邪気に楽しむのを阻む感覚を覚えるのは、自分だけだろうか? J2ということもあるけど、それ以上に、もはやアングラ感覚で好き勝手やることを、時代が許さなくなっているように感じる。 寂しいけど仕方ない。

そして、試合はと言えば、ブーイングに溢れた札幌戦よりもさらにギクシャクしたサッカー。 組み立てでFWと他の選手との距離が離れ過ぎていて、パスが通っても高松は孤立し、セザーは踏ん張れず、なかなか前への推進力が生まれない。 かと言って、裏へのパスもFWの動き出しと連動しない。 梶山のチャレンジパスは待ち構えた網にかすみ取られる。 徐々に選手達は安全一辺倒となり、チャレンジしなくなる。

こぼれ球をヴェルディに拾われ続け、巧の裏を狙われ、ポゼッション・チャンス数・シュートでも劣勢に。 けど、ヴェルディもせっかくのチャンスにミスが多く、とても去年後半勝ち点を多く稼いだチームには見えない。 寂しいピッチ上。

ドリブルやセットプレーのある大竹や、小平で好調の北斗よりも、達也、谷澤、羽生などが使われる理由のひとつは、ボールを持っていない時の動きの質の差だと思っているのだが、最近は、基本4-2-3-1の博実時代にたまに4-4-2をしたときのようにトップ下が薄い。 羽生は本来の味方を生かす動きが見られず、達也は運動量は豊富なものの、前線か横に張り過ぎ。 そしてボールを持つとフィニッシュを過度に意識し、可能性の低いプレーが増えてしまう。 その積極性を買いたいのは山々だが。。。

苦戦が続くダービー。 挙句、セザーが2枚目のイエローで退場。 けど、その後むしろ東京が盛り返すのだから、サッカーは分からない。

セザーが悪かったのは確かだ。 前の「蓋」が取れ、選手間の距離感が良くなった面もある。 けど、それより大きいのは他の選手達の動きが良くなったこと。

例えば、椋原も、それまでは(そして札幌戦でも)相手のチェックをちょっと受けただけでバックパスに逃げていたのが、10人になってからは果敢に縦に仕掛けるようになった。 椋原へのパスがより早い段階で入るようになり、仕掛けやすくなった面もある。 要は意識が変わったのだ。 椋原だけでなく、他の選手も。

すると、攻撃のテンポがアップし、パスコースやドリブルコースが塞がれないうちに次の展開が可能となり、相手ゴール前に迫れるようになった。 たとえ繋げなくとも、ファウルを誘ったり、味方ボールのスローインが増えた。

果たして、10人になるまでのように、ひたすらセーフティーでやるのがベンチからの指示なのだろうか? そうだとすれば、ベンチに再考を求めたいが、10人になって、お尻に火が付いてから選手達が勇気と積極性を見せたと考えるのが自然だろう。

大熊監督の元で行われている今のサッカーを積極的には評価できないし、選手達にやる気を出させるのも監督の仕事と言われればそのとおり。 けど、稀代のモチベーターたる城福前監督の頃から全力を出し切ることが難しかった選手達。 次の監督が来ても変わらないと考えるのが自然だろう。 監督を変える前に、まず選手達が本気を出さないと始まらないと思うのだが。

また、連携や形が見えないという点についても、分かりやすい形がすべてではないと思う。 例えば、鹿島のサッカーにはキャッチフレーズは付かないけど、いろんな形で対応し、一番安定した成績を残している。 東京も、少なくともJ2においては、まずは横綱相撲を目指すべきであり、小平ではそのためのトレーニングが行われていると思うのだが。

最後に試合後の事象について。 一部ゴール裏の人間が狼藉を働いたこと、警備にも不可解なことがあったことは確かのようなのだが、正確なところはわからない。 どんな真相があるにせよ、公表されたことが全当事者(場合によっては警察やリーグも含めて)が認めた事実であり、善し悪しはともかく、それ以上でも以下でもない。 納得がいかなければ、特ダネを抜いて真相を暴くか、被害者が被害届を出して裁判で決着することに期待する以外にないのではないか。 憶測で物事を書いたり、それ以上の対応をチーム等に求めることは、余計なことであるばかりか、風評被害や二次被害を招くだけで。

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2011年5月 2日 (月)

力を発揮する方法 FC東京vs札幌 4月30日(土)

アーセナルvsマンUの中継を観ながらこの記事を書いた。 プレミアのトップクラスとJ2と、レベルには大きな違いがあるが、傾向は同じ。 ポゼッションで優位に立ちながら、ゴール前での決断、勇気が足りなく、手数が増えてしまう首都のクラブ。

加えて、日本の首都の方は、ゴール前だけでなく、中盤やサイドでも、パスは繋がるものの推進力が足りない。 アーセナルと異なり、戦力では対戦相手の札幌を圧倒しているのにも関わらずである。

スペースはある。 だから、前に相手がいても、うまくコースを取れば前に進めるはず。 または、味方が50cmでも動けばパスコースが作れるはず。 それを繰り返せば、相手の先手を取り、少しでもゴール前を固められる前にチャンスを作れるはず。 なのに、遅い。 バックパスばかりになってしまう。 ブロックの周りを繋ぎ、最後にはサイドからたくさんのクロスを上げたが、跳ね返され続けた。 札幌CBは機動力はないが高さと強さはある。 加えて中央にはうじゃうじゃ札幌の選手達がいた。 相手にとって、注文どおりだっただろう。

小さなチャンスはたくさん作るが、決定機にまでは持っていけず、遠い位置や苦しい角度、無理な体勢からのシュートにとどまってしまう。 または、待ち構えている相手に跳ね返されてしまう。 そんなシーンの積み重ねがフラストレーションを生み、ブーイングに繋がったのではないか。 決してミスが多かった訳でも、戦う姿勢が足りなかった訳でもない。

その原因は選手の判断なのか、監督が描く画を共有できていないのか、その画がまだ不明瞭なのか。 どれかひとつではなく、全部の要素があるだろう。

一つ目の点と二つ目の点に関して言えば、平山・米本の怪我、オール国産布陣からブラジル団地造成(Cワッショイさん)への急転換、ブラジル人のコンディション不足などが影響しているだろう。 これらは時間が解決する面もあるが、いろいろいじることで、更に混乱を増す可能性もある。 去年のように。

三点目に関して言えば、これまでの東京は、城福時代の繋ぐサッカーで(意図に反して結果的に)現れた欠点を修正し、やや早めに前に出すことを意識している様子は見える。 けど、最終的に理想とするところは、あくまで変わらないのではないか、と思う。 (そのための方法論には、先週書いたように、大きな違いがあるが。) 理想とは、ポゼッションをベースに、試合を支配して勝つサッカー。 現実との差は大きいが。

そして、平山が痛む前は、まず平山に当てる意識が見られたが、札幌戦に関して言えば、FWが高松でも、ブラジル人2人になっても、ボールを前に入れるタイミングや位置など、それがポストなのか、サイドや裏なのか、固定的な形を作るというよりは、選手達に任せているように見えた。 結果、選手の調子と連携の違いがそのまま試合内容になった。

それに関し、あえて言えば、FWの特性に合わせてプレーを変えることくらい、当たり前に選手自身で対応して欲しいという思いがある。 アジャストが見えなかったのは、ウチの選手達はそんなレベルなの?と思ってしまう。 無論、選手達にできないのなら、そうさせるのは最終的には監督の責任だが。

サッカーはオープンスキル(相手、味方、天候、状況等で発揮すべき技術や判断が大きく左右される)の極みの種目なので、大人になればなるほど、「ドリブルは上手い」という個別の技術だけでは選手を評価出来なくなる、ということです。(立ち位置|城福浩 オフィシャルブログ 「Moving Football」 Powered by Ameba

例えば、宇佐美もかつて原さんに運動量が足りないと言われたのをまだ完全には克服しきれていないからスタメンに定着できないし、名古屋の永井なんかもボールを持っていないときの動きの質はかなりダメだ。 長谷部が代表に本当に必要な選手になったのも、ドリブルが特徴だった頃よりも、特徴を殺してでも必要な役割を果たすようになってから。

東京の選手達も、いかに高松の高さやブラジル人快足FWを生かすのか、そこに2、3列目やサイドが絡むのか、そのためにどう自分達の特徴を生かすのか、ゴールから逆算してイメージを持ってプレーして欲しいし、監督以下スタッフも、そのあたりの足りなさの自覚を促し、どうするのか、整理して指示を出すべきなんだろう。

今のままだと、例えば梶山のドリブルもサイドチェンジも、個別の技術の高さを披露する以上でも以下でもないものになってしまうし、大竹の能力や輝きも、随分違って見えてしまう。

などと、前半、せっかくセザーが持ち込んでシュート打とうとしたのに重なってフイにしてしまった達也を見ながら思ってしまった。

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